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【74′log移植】柴田恭兵はどうして歌わなければいけなかったのか? ランニングショット

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HIRO-M@YJC

YJCダンススタジオ 振付演出指導兼ダンサー 1974.2.21生 どうにかこうにか踏ん張ってます

個人的に柴田恭兵「ランニングショット」がブームである。

ドラマ「あぶない刑事」に挿入されていた曲だ。



当時としてはなかなかイカしていたバリバリのテクノサウンドにハリのある女性コーラス、そこにまったくもってノビのない柴田恭兵の歌声。

このミックスはなかなか秀逸だったと言える。

サビを歌っている比率が断然コーラスの方が高いと言うのも斬新だった。


この曲を知っている年代の人の前で唐突に歌えば、まず間違いなく笑いがとれる。

最初の4小節程度でもう掴みとしてはバッチリである。


別にギャグソングでもなければ、ふざけた歌なわけではない。

それどころか、「ふざけたことは一切ごめんだ」と歌っている大真面目な歌だ。

なのに、人々の顔面と腹筋を崩壊させるパワーを秘めている…。

この曲の魅力は実に深いところにあるのだと思う。


歌詞の内容を見てみると、バブルのたまものというのか何と言うのか、とりあえず、「なんかへなちょこにカッコイイ」というフレーズをただ何も考えずに引っかき集めただけみたいな、そんな感じだ。

無意味な羅列ってやつである。

純情、愛情、過剰に異常~♪ よりもさらに低いレベルで。

優しいなんて嘘だぜ いつも
ふざけたことは一切ごめんだ


とりあえず最初のこのフレーズで、なんとなくちょっとハードボイルドな感じの主人公を想像させる。

そっか、おふざけ嫌いなんだね、この人…的な感じで。

そして、その後。まさしく、その直後…である。

意気がって見せるのも面倒な話さ
気まぐれなフリをしておどけているだけ


あ、おどけた!!

しかも、気まぐれなフリして!


念のため、辞書ひいてみた。

 おど・ける【▽戯ける】
 [動カ下一]こっけいなことを言ったり、したりする。ふざける。「大勢を前に―・けてみせる」

あー、これ、完全に“ふざけて”ますね…。


さっき、「ふざけたことは一切ごめん」って言ったばかりなのに、舌の根も乾かぬうちによくもしゃあしゃあと…。


2番になると、唐突に

誰かが悪いわけではないさ
いつでも俺に愛想が尽きるよ


と言いだす。

一体、いつ責任の所在を明らかにしようという話になったのか定かではないが、

恐らく、「責任をかぶってりゃそこそこカッコイイ」という安易な発想であろう。


なのに、

勝手な捨て台詞のひとつでも投げつけ
無理でも笑ってかけ抜けて行くさ


「俺が悪い」って言ってんのに、捨て台詞吐いて逃げて行っちゃうのである。

どうよ、これ。


だいたい、あれだけ「色々めんどくせー」とか言ってたのに

結局「勝手な捨て台詞」なんか投げつけちゃって、「無理でも笑って」走って行く…。

なんか、それなりに頑張っちゃってない?


なんていうか、こう…言ってることとやってることが違う、ええかっこしぃの中学生男子的なそんな雰囲気を感じるのである。


別にいい。

そういう、刑事ドラマに憧れた中学生男子の歌だってことであれば、それはそれとして解釈することは可能だ。


だが、曲の間奏部でとんでもない事実が明らかになる。

Phone to me Dial 110


「何かあったら電話してよ。110番。」と言っているのである。


つまりこの歌の主人公はお巡りさんなのか。

だとすると、この面倒くさがり加減と言い、

言ってることとやってることがまるで違うええかっこしぃなとこといい

こんなのに社会の治安を託すのはかなり心配である。


まぁ、「あぶない刑事」関連の曲ってことで、柴田恭兵演じる大下ユウジをイメージさせようというものなのだろうが

よくよく考えてみて欲しい。

110番にかかってきた電話を取るのは誰か?

大下ユウジのような私服刑事ではない。たいてい制服を着たごく普通のお巡りさんだ。


つまり、この「Phone to me Dial 110」は

「なんかあったらお巡りさんにいいなよ。俺は知んないよ。
ま、俺もお巡りさんだけどさ。なんかそういうの、勘弁。」

っていう、無責任極まりない台詞と取れるのである。


肝心なところは逃げるええかっこしぃ。

どうよ、これ。


この「ランニングショット」…世間の評価とは裏腹に、凄まじい展開ぶりを見せている。

「SINGLE MIX VERSION」、「HysteriCa mix」、「SHOTGUN MIX」、「HOLD ON MIX」、「ALBUM “SHOUT” MIX」、「Instrumental」と、恐ろしくたくさんのヴァージョンがあるのだ。

必要だったか。本当に必要だったか。

よく浜崎あゆみGlobeなんかがやってた手法である。

それを?柴田恭兵が??


身も蓋も無い言い方をするが、この人はまったく歌う必要の無かった人だ。

むしろ歌うことで評価を下げる人である。


なぜ柴田恭兵はこんな歌を歌わなければいけなかったのか?

なぜ柴田恭兵はこんな仕打ちを受けなければいけなかったのか?



おぼろげに柴田恭兵を知っている人は、「カッコイイ」というイメージがあるだろうが…
ライブ映像を見て頂きたい。

YouTube Preview Image

かっこいいだろうか?


歌う必要がなかったということは、必然的に踊る必要も無かった。

いや…踊っているのかどうかも定かではない動きだが…


この曲は、歌詞の内容から考えても、無責任の代名詞的存在である高田純次所ジョージあたりが歌うべきではなかったか?

そうすれば、スーパーアーティスト・IKZOとのコラボももっとすんなりおさまるはずなのである。

YouTube Preview Image
柴田恭兵×IKZO 「ランニングショット」

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