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【74′log移植】あれから20年以上。誰にも話すことの無かった人生最大のバカげた買い物 「ドクターキャッツポー」

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HIRO-M@YJC

YJCダンススタジオ 振付演出指導兼ダンサー 1974.2.21生 どうにかこうにか踏ん張ってます

1974年前後生まれの皆さん、この顔に見覚えがありますよね?



こいつは「ドクタキャッツポー」という、言ってみれば学習補助機器。
「集中度」を音と光で知らせるスーパーマシンだ。
このマシンで脳派を落ち着かせ、その状態で勉強すればどんどん頭に入り、あ~ら不思議。成績UP!…というわけである。

言うまでも無く、くだらない詐欺商品だ。


買いました。ハイ。


そのくだらない商品を買ったというバカさ加減以前に、おれは大きな勘違いをしていた。
これがあれば、勉強しなくても成績が上がると思っていたのだ。
購入後、これを使って結局「勉強しなければならない」と知って愕然としたものだ。
一時は同時期に販売されていた「睡眠学習機」へのシフトを本気で検討したほど。

ま、このドクターキャッツポーというスーパーマシンの仕様を覚えている限りで説明すると…

機械の表面が手型になっていて、人差し指と中指のところにセンサーが付いている。
確か、指につける外付けセンサーもあったように思う。それがまた医療機器っぽくて、信用してしまう一因になったような…。
これらのセンサーで脳派の状態を読み取り、落ち着いた状態…つまりα波が出ている状態になると緑色のランプが点灯する。
集中できていない時は、赤のランプが点灯し、けたたましく電子音が鳴る。
この電子音が厄介だった記憶がある。音にビビって、脳波は乱れるばかり。
そんな時は添付のカセットテープを再生する。
渋いおっさんが「息すってー。はいてー。」などといった具合で、落ち着いた状態に導いてくれる。
恐ろしいまでに単調でくだらないカセットテープだったが、そんなのが確か3本くらい入っていたような気がする。

心が落ち着き、また緑のランプが点灯し出した頃、カセットテープ片面の再生が終わる。
静寂の中、ラジカセの「ガチャッ!」という音にびっくりすると、また赤ランプが点き電子音がけたたましく鳴る。
あの様子では、例えオートリバース機能があっても、赤ランプは避けられなかったと思う。
そんな風にして、どーしようもない悪循環が繰り広げられたのだった。

そう考えると、「脳の状態を知らせる」という点においてはそこそこ優秀だったように思える。
でも、α波なんてものは大人しくしていれば勝手に出るものだったりする…。

肝心の学習効果の方はどうだったのか…。
恐らく、これを買った人誰ひとりとして「ある!」とも「ない!」とも言えないはずだ。
例え、これを使って大幅に成績がアップしたとしても、だ。

なぜかというと、このマシンには巧妙な罠が仕掛けられていたのだ。
一体どういうことか…。
このドクターキャツポーがあると、効果のほどを知りたくて、ムキになって勉強してしまうのだ。
よほどのバカじゃなければ、成績上がるって。

また、大人になってから分かったことなのだが
この「ドクターキャッツポー」の販売戦略にはちょっとイカしたポイントがあった。
秘密はその商品名である。


「Dr. Cat’s Paw」


訳すなら、「ドクター猫の手」。“猫の手も借りたい”ってか…。
分からないことを調べる習慣がある→勉強のできる子供は、ここで凄まじいまでの怪しさを察知するはず。
つまり完全に「ばかピンポイント」の販売戦略だったのだ。

ここでもう一度言っておいた方がいいかな。


買いました。ハイ。


「勉強のモノ」となると躊躇せずお金を出してくれた母親に対する、大いなる裏切りだったな、これ。

なぜ、こんな素敵なネタを20年以上誰にも話さなかったのか。
それは勿論、「アイツ、“ドクターキャッツポー”で成績上げたんだぜ!」なんて死んでも言われたくないから。
“モクモク村のケンちゃん”で英語勉強したんだってよ」と言われる方がまだマシだ。



おれは、中学1年~3年夏、高校1年~3年夏の間は、学年の中の下~下っていう成績だった。
要するにおばかだった。
だけど、どういうわけか「勉強なんてちょろい。後でやれば間に合う。」というナメた考えを持っていた。
いや、いまでも思っているかもしれない。
知らないことを覚えればいいだけなのに、みんななんでそんなムキになるのさ?と。
世の中にはやってもどーにもならないことがいっぱいあるってのに。
そんなのと比べたらなんぼ簡単なことかと。

そういう根拠の無い自信が効いかどうか、中学時代・高校時代とも、3年夏休みに集中して勉強をし、へなちょこに劇的な感じで成績を上げた。
高校受験では結果的に職員室満場一致で「落ちる!」と言われた進学校に合格したし
高校で下馬評通り一時は「ビリから2番目」を記録し、進路面談で「即就職」をすすめられながら、とりあえず名前は知れてる大学に合格した。

特に県内有数の進学校だった高校では「おばか」は徹底的に相手にされずウンコ以下の扱いをされる傾向があったから、
3年間毎日真面目に勉強しながら三流大学行きとなった連中に

「○○大?え?なんで?あんだけ勉強してたら、東大とか行くんじゃないの?ウンコのおれだって二流大学入れたぜ?」

…と微笑みかけてあげるのがたまらなく爽快だった。

そんな風にして、今へなちょこな人生を送っているおれにとって
「いやいや、その気になりゃできちゃうんだぜ?おれって」
というのは、唯一の(はかない)望みなのである。
打ち砕かれるのを分かっているので、今「やらない」のだけれど。
その人生唯一の望みが、コイツによるものだなんて思いたくも無いからね。

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