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【74′log移植】新体制・カルロストシキ&オメガトライブが何かと酷かった。

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HIRO-M@YJC

YJCダンススタジオ 振付演出指導兼ダンサー 1974.2.21生 どうにかこうにか踏ん張ってます

おれの「マニアック路線」・「ショボいもの好き」の基盤となった
1986オメガトライブに大きな転機が訪れた。

前記事:「マニアック路線の始まり 1986オメガトライブ」


ヤクザみたいなおっさんが脱退することになったのである。


年齢的にぶっちぎっていた彼は、おそらく弟みたいのや優男やかるろすのお世話係としてかなり重要な存在だったはずだ。その彼がいなくなることで、おれは一抹の不安を覚えた。

「中途半端に数年前の年号ってダサくないか?」と案じていたグループ名は、おっさんの脱退を機に「カルロストシキ&オメガトライブ」という、まぁ無難なところに落ち着く。


3人の新体制でまず最初にリリースしたシングルがドラマ「抱きしめたい」の主題歌となった「アクアマリンのままでいて」



ヤクザみたいなおっさん脱退の不安に反して、サウンドは確実に進化していた。路線は貫きながら、一皮むけた印象だった。

後に、「Every Little Thing」等、この曲をカバーするアーティストも出てきていることからも分かる通り、オメガトライブの代表曲のひとつとなっている。


しかも、カップリングの「海流の中の島々」がとんでもない名曲だった。

ネットで検索すると、やはりこの曲を「隠れた名曲」として挙げるマニアは多い。大きな声では言えないが、今でもこの曲は大好きだ。


さて、初めて「1986オメガトライブ」を観た時同様、テレビでの生歌でまた印象が変ってしまう。

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アクアマリンのままでいて


元々変だったかるろすのステップがより一層変になっているのだ。

どうも彼なりに踊っているような感じなのである。しかも、結構な頻度で方向を間違える。

かるろすが踊るというのは、関係無い柴田恭平や反町隆史、あるいは宮沢りえやヒューヒューの牧瀬里穂が歌うことくらい、本来やらなくていい、無駄に違和感のある行為なのである。

どうしてこんなことになってしまったのか。その原因は後に明らかになる。


ほどなくして、ジョイ・まっこいの正式加入が発表される。

杏里のバックなども努めていた本格派ではある。思わぬ新メンバーに少々面食らったのは確かだが、ブラジル・日本にアメリカのテイストも加わり、これは面白いかな…と思った。


が、ここで暴挙。

ジョイ・まっこいをリードヴォーカルとした「Reiko」をリリースしてきたのだ。

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Reiko


まず、ここでひとつ判明。かるろすの変なステップは間違いなくコイツの影響だ。

だが、もはやそんなことはどうでも良いくらい、この「Reiko」は問題だった。


非常に変な歌だ。いきなり


「れいこ~♪柳腰のファンキーガール♪」


である。

「柳腰」なんて言葉、おれの人生の中でも三本指に入るムダ知識だ。

ジョイ・まっこいも「意味を理解して歌っている」と胸を張っていたが、恐らく「柳腰」を使う場面には遭遇していないはずだ。


…いや、変な歌なのもこの際許すべき事柄だろう。この曲はもっと深刻な部分で大問題だったのである。


一体どういうことなのか、現在のEXILEに置き換えると分かりやすい。


圧倒的な歌唱力を持ったヴォーカル・杉山清貴が脱退し、解散。ブラジルののど自慢大会で「小鹿のバンビ」を歌い優勝したド素人・かるろすをヴォーカルとして連れて来て、新生オメガトライブ結成。

これは、やんきー土木屋の分際でやたら歌が巧かったSHUNが脱退し、とってつけたようなオーディションを経て器用貧乏のTAKAHIROが加入した状況とよく似ている。

そう。言ってみれば、オメガトライブ第二章である。

そして、この新体制になってすぐにジョイ・マッコイの加入…。


…ネスミスじゃん!!


では、そのネスミスがリードヴォーカルで、マイケルかぶれの変なシングルを出したらEXILEファンはどうなるだろうか?


さらに言うなら。


「Reiko」カップリングの「Wind Gauge~風速計~」は、独特のオメガトライブサウンドに、格段に進化したかるろすのボーカルを乗せた完成度の高い曲である。

EXILEで言えば「ただ会いたくて」あたりになるだろうか。


そこで、考えてみてほしい。

シングルA面がネスミスの変な歌で、カップリングが「ただ会いたくて」だとしたら…


大規模なテロが起こってもおかしくない暴挙だということが分かるだろう。


だいたい、なぜ「Reiko」だったのか。この時代、れいこさんはそんなお洒落だったのか?

れいこさん関連なら、後にたまがリリースする「れいこおばさんの空中遊泳」だけでいい。おれの周辺のれいこさんは、むしろそっち系だ。

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れいこおばさんの空中遊泳


そして、この「Reiko」でさらなる大問題が。かるろすが妙なモノを持ち出したのである。




楽器のようではある。ただし、弦も何もない。かるろすは時々、端っこのほうを叩くだけ。しかも、かなり不規則である。どう見てもサウンド全体に作用するような音は出していない。左手に至っては、注意深く指の動きを見ても一切動いていない。

大方、「バンドなんだし、なんか持っとけ」という感じの対策だったと思われる。


そんな風にして、ヤクザみたいなおっさんの抜けたカルロストシキ&オメガトライブは、何かとやっつけ仕事感の強いグループになり下がってしまったのだ。


すっかりファンの失望を買ったあたりから、カルロストシキ&オメガトライブは無駄に豪華な活動をし出す。

れいこさんから鞍替えした「Natsuko」というアルバムはジャケットに上田三根子のオシャレなイラストを採用しており、ユーミンワールド全開の「時はかげろう」を軸に、秋元康小西康陽など豪華な顔触れが作詞した曲がズラリと並ぶ。


Natsuko


かるろすの歌にも安定感が出て、多彩なフェイクも出来るようになった。

しかし、それも無駄になってしまった。


あの日あの時あの場所で…ばかなことさえしなければ、1989年に発売されたアルバム「Be Yourself」の評価も随分違っていたはずだ。純粋に曲だけを評価するなら、このアルバムは名盤と言っていい。


大事な時におばかなことをやらかし、どうでもよくなった頃にどうでもよい成長を遂げる彼らのこの生きざまは、33歳にしてピアスを開け本格的にダンスステージに立ち出したHIRO-Mの生き様に直結するのである…。

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