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“HIRO-M先生”が教えてることって?

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HIRO-M@YJC

HIRO-M@YJC

◆◆HIRO-M◆◆ --- YJCダンススタジオ コレオグラファー兼ダンサー兼キーボーディスト 特に理由なくKORG一筋 KROSS2、i3、Monologue、Microkorg XL+等 / リクガメ&フトアゴ愛好  ◆◆おれんじゃー◆◆ --- 愛機はオレンジ色のPENTAX K-30 & ガンメタのK-3

YJC”インストラクター”、”先生”と称しているHIRO-Mが教えてることって何?

と、そんなことをちょいと考える機会がありました。

現在メンバーに”ダンス”を教えてはいます。

でも、「自分が本当に教えていることは何なのか?」ということを考えると

その答えは決して”ダンス”じゃないな・・・と思います。

そもそも。

これは、ある方に「教室のためにそのようなことは公表しない方がいい」と言われたことなのですが

今”先生”としてやっていることに自信を持っているので、公表しちゃいます。

HIRO-Mほぼダンス経験ゼロで”先生”になりました、ハイ。

どこかでダンスを教わったりした経験もありません。

(なのに、何故かあらゆるところで”踊る奴”ってイメージだったりもする)

ちょっとの感性と、そこそこの努力と、目一杯のハッタリでやってきましたwww

少し前まで、HIRO-Mが教えている相手は、ほとんどがHIRO-Mよりキャリアが上という状態でした。

先輩に対して、偉そうに(したつもりはないですがwww)指導して

先輩方も真剣に指導を受けてくれていたわけです。

あらためて考えると、そのバランスはもの凄く不思議で絶妙だったと思います。

今でも先輩、います。うちの娘達ですね。Miranすら先輩なんだから恐ろしいwww

昔は、”先生”と名乗るのは気恥ずかしかった。

でも、それよりもひとりだけいるおじさんが”生徒”・・・というのが恥ずかしかったので

究極の選択で”先生”を選んでいたようなものでwww

だけど、現在は”先生”であることを自覚してるし、自負してるし、自信も持っています。

技術面については相変わらず自信なんて無いけれども、

「現在、”先生”としてやっている」姿が、それ自体良い教材だと思うから。

「好きなことを自由に目一杯楽しむ」という部分で。

それに、キャリアが上の相手に対して先生面するためには

それ相応の努力は必要なわけで。そういうところにおいても。

HIRO-Mチーム”と呼ばれることもあったかつてのトップチームが、

決して一流とは言えない技術ながら多くの人を魅了してきたのは

そういうところを分かってくれたことが少なからず影響してると思ってます。

例えば、HIRO-Mの教え子がダンス界の第一線に出て行ったところで

技術面で赤子同然なのは火を見るより明らか。

でも、何て言うんだろう?

“魅力”って、”想い”とその”想い”に対する努力の分だけ滲み出るもの・・・ってことは

HIRO-Mから伝わるはずだと思うんです。

ダンスの目的は様々。

一流の講師に師事して、一流の技術を追求するのが全てじゃない。

勝ち負けを競うのもダンス。

観ている人の評価を追求するのもダンス。

単なる自己満足で完結しても、それもダンス。

素人が集まって見よう見まねで踊るのだって立派なダンス。

そこに正解も間違いもない。

踊ることが大好きな部族の人々の表情とか見れば

容易にそんなことにも気付けるとは思うんですけどね。

そんな中で、

無いよりあった方がいいけど、でも技術は二の次

お子様からお年寄りまで幅広い年齢層の方に楽しんでもらいたい

・・・というところに方向性を見出したYJCにおいて

ハッキリ言って・・・

HIRO-Mは「最強のダンスインストラクター」だと思ってます。

性格からスキルから何から・・・

無駄に凝り性なところも、マンネリ嫌いなところも、極めておばかな感性も

今まで無駄だと思っていたものさえも全て

「現在のYJCの公演のためにあったんだ」と本気で思ってます。

HIRO-MがいなくなったらYJCはダメになる・・・とは言いませんが

HIRO-Mがいる限り、まだまだYJCは躍進する。それは間違いないです。

前にメンバーと話したことがあるんですけど

自分達のような一般人が見ず知らずの人達を笑顔にするって、

一体どれだけ貴重な体験なのかって。

街中で尻でも出して笑われるとかなら至って簡単ですけどwww

よくよく考えたら、もの凄く貴重な体験なわけなんですよ。

そんなことをごく当たり前にこなしている。

踊りながら一体どれだけの人の笑顔を見てきた?

それなのに、技術的なことを卑下する必要がどこにあろうか?

・・・なんてことをちゃんと分かりながらも

それはそれとして技術を追求するのがきっと理想形なんでしょうね。

HIRO-M、いつまでやれるのかは分からないけど

それはそれとして、もっともっとダンスが巧くなりたいと思ってます。

巧いダンサーの方々、尊敬するし、憧れるけれども

でも。

「表現者」としての括りで言うなら、同じ土俵にいると思ってます。

HIRO-M先生に教わったから巧くなった♪」

・・・なんてものはまったく望んじゃいません。今は。

でも、HIRO-MHIRO-Mらしく、精一杯頑張れば

「こんなことはHIRO-M先生の元でしか出来ない」

・・・と思ってもらうことは絶対に出来る。

そんなことを目標に頑張っていきたいな。と。

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